人事コンサルタントのお仕事日誌

人事労務管理のコラムとFPエッセイ

人間が人工知能に使われる日

 

日米で株式相場が最高値を更新したことが話題になっている。株価上昇の背景には人工知能への期待がある。誰でも利用可能な人工知能は数カ月単位で新しい機能が追加され、スピードや精度も高まっている。

このままのペースで進歩すれば、人間の能力を超える日が来るというSF映画のような世界が現実になりかねないことに期待と不安を抱く人も増えている。

だが人工知能は計算機に過ぎず人間を超えることはないと断言するのが、数理論理学が専門の新井紀子教授(写真・下)だ。新井教授は人工知能を東大に合格させるプロジェクトの開発責任者を務めた経験があるだけに耳を傾ける価値はあるだろう。


そして新井教授は人工知能が引き起こす問題よりも大きいのが人間、それも子供たちにあると指摘する。それは一体どういうことなのだろう?

人工知能の限界とは

新井教授によれば人工知能(AI)にまつわる世間の誤解の一つは、「AI」と「AI技術」を混同していることにある。「AI技術」とは音声認識、画像処理、情報検索、文字認識といった技術を指し、これは人間と同様の知能を持つ「AI」とは全く別物だ。

巷で話題の「AI技術」が行っているのは論理計算と確率、そして統計処理という3つの計算だけだ。人間の脳内での活動を全て計算式に置き換えることは出来ないため、結果として「AI」は人間の能力を超えることはできない。

一方で、AIは一つのことを学ぶのに膨大な人間の作業を要する上、応用が効かず、柔軟性がなく、決められた前提の下でしか計算が出来ない。そして決定的な弱点は文章の持つ意味が理解できないことだ。

AIには自然言語処理において超えられない大きな壁があり、このためAIは人間に完全に取って代わることはできないし、人間の仕事を全て奪うこともあり得ない。

ではAIが社会に浸透し会社に導入されても、私たちの将来や今後の仕事は安泰なのかと言えば、必ずしもそうではない。AIに代替されないための決め手になるはずの読解力が中高生の子供たちの間で著しく不足しているからだ。

 

問題文が理解できない子供たち

新井教授は大学生の読解力と推論の力が欠けているのではないかという仮説を検証するため、基礎的な読解力を調べるリーディング・スキルテスト(RST)を開発し、全国25,000人の中高生生徒たちを対象に調査を行った。

すると生徒たちはAIでもこなせる「係り受け」(主語と述語、修飾語と被修飾語の関係)や「照応」(指示代名詞が何を指すか)の問題では高い正答率を示すものの、AIが苦手な2つの文章が同じ意味かどうかを判定する「同義文判定」や、AIでは不可能とされるさまざまな知識や常識を使って行う「推論」、文章と図形の一致度を判断する「イメージ同定」、定義から事例の合致度を判定する「具体的同定」では正答率が低い結果になった。

さらに中学卒業時に約3割の生徒は問題文を表層的に理解することさえ出来ず、学力が中位程度の高校でも約半数の生徒たちは問題文の内容を理解する読解力を持ち合わせていなかった。成績の差は問題文は何を述べているのか、何を問うているのかという、文章を読んで正しく理解する力の差にあった。

このまま現在の中高生たちが社会に出て、すでに大学進学希望者の上位20%に入る能力を得ているAIがこなせない仕事が担えるのだろうか。少なくとも中学を卒業するまでに教科書に書かれている内容が理解できるようにすることが喫緊の課題かもしれない。

現状のまま推移すれば、近い将来の世の中は決してバラ色ではない。そうならないために、新井教授は人間の読解力を伸ばすために何をすれば良いのかを科学的に検証する試みを始めている。

また、すでに社会人となっている大人にも光明はある。著者は読解力はいくつになっても向上させることができるという仮説を抱いている。研究の成果が待たれる。

 


AIvs 教科書が読めない子どもたち
新井紀子・著 東洋経済新報社刊 税別1500円